君は「Let it be.」と言った

気の向くままに好きなことを紡いでいきます。

クラブマウスビートについて語らせてほしい。

東京ディズニーランドに行った。

クラブマウスビートを見に行くために。

東京ディズニーランド歴は人生3回目。おそらくこれは日本に生まれ、日本で育った34歳の人たちの中では非常に少ないほうだと思う。

ディズニー映画やディズニーランドにあまり関心がなかったのはあるけれど、ディズニーが嫌いというわけではなく、興味を持つタイミングにうまく巡り合ってこなかった感じ。

 

初めてディズニーに行った時のことはよく覚えている。ひょんなことから、僕がディズニーランドについてあまりにも知らず、行ったことがないと妻にばれたことがきっかけだった。

妻はディズニーの世界観やディズニーランド/シーが好きだから、妻の好きな世界を見て、知ってみたい気持ちからディズニーランド行きが決まった。

とんとん拍子に日取りも決まって、ディズニーに詳しい妻が、ツアーのガイドさんの如くアトラクションやパレードについてすべてプランを立て、案内してくれた。

初めてのディズニーランドでの時間は、金太郎飴のようにどの時間を切り取っても幸せで、それくらい、満足できたいい一日だった。そんな最高の時間の中でひときわ輝いていたのが、クラブマウスビートだった。

 

 

クラブマウスビートには、ミッキーやミニー、グーフィーにドナルド、デイジーという主要キャラが出てくる。そのほかの話題になった映画のキャラも出てきたりするため、あまり深くディズニーランドのことを知らなくても楽しめたこともあるけれど、ぼくの心を躍らせたのは、みんなでショーを作っているという一体感だった。

 

ショーの前に声出しや拍手の練習をユーモアを混ぜて実施してくれるキャスト。

開始からショーの中に引きずり込ませる照明と音。

しなやかな中にもキレがあり、静と動で抑揚を生み出し、目を奪う躍動をするダンサー。

時にかわいく、時にくすっと笑わせてくれて、ずっとかっこよくて心を奪っていくキャラクター達。

 

そのすべてが一体となっていて、プロが本気を出して手作りでしているワクワクを感じたのだ。

そんな出演者たちの本気に観客たち(ゲストというらしい)も答えないわけにはいかない。動きの毎に手拍子や笑い声、声援が上がったりする。ショーは、出演者の演技を観客が見るものと思っていたし、ディズニーランドのパレードも基本的にはゲストは観客にしか過ぎないけれど、クラブマウスビートに関しては、出演者も観客も一体になって空間を作っているような気がした。

そんなショーを2025年の9月に初めて見て、ぼくは虜になった。

そして、2026年の3月末でクラブマウスビートが終演するというニュースが少し前にあった。

 

 

クラブマウスビートはコロナ禍から始まったショーで、ディズニーランドすら休園していた状況から少しずつエンターテインメントを提供できるようになってきた状況の時に公演が始まったらしい。

予算をかけることができない時期のショーだったからこそ、出演者のパフォーマンスに重きを置いたショーになっているという話がある。

コロナがもたらした不安感により、社会全体がどんよりとしていた時期に、エンターテインメント業界を牽引し続けるディズニーランドが打ち出したショー。このクラブマウスビートに救われた人は少なくないと思う。僕は、コロナが明けてからこのショーを見て感化されているくらいだから。

人々に希望を与えることを課せられたショーは、その期待値を大きく超え、エンターテインメントが復活し、飽和している今においても、人々に求められるショーとなった。人だけの力で。

 

 

2026年3月7日、クラブマウスビートを見ることができた。僕の人生で直接見ることができるのはおそらく最後。

開演前、会場はこれから始まるワクワクだけではない、異様な雰囲気が漂っていた。もうすぐ公演が終わってしまうから、見納めになるね、という声がどこかしこから聞こえてきたり、すでに涙をこらえることができていない人も数人見かけた。

そんな異様な空気感は、会場の一体感をより強くした。

ショーは最高だった。

もうすぐ公演が終わってしまうショーの中で、出演者たちのプライドに触れた気がした。

圧倒された。

ショーを支えているのは、出演者たちの光と音、あとはパフォーマンスだけ。

きらびやかな衣装もないし、最新のシステムもない。

人の力だけで作り上げられているそのショーは燦然たる風格を感じさせた。

人が、人の気持ちを動かす現場を目の当たりにすることができた。

 

ディズニーランドという場所で働いている人たちは、おそらく、全員が強く望んでその場に立っているだろう。

これは一般の会社に勤める人たちとは大きく異なると考えている。もちろん、一般の企業に勤めている人たちの中にも強く望んでその場にいる人もいるし、会社を自分で選んで入社しているから、意思をもって今の仕事を選んでいるということもできる。

でも、一般の会社に勤めている人の中には、やりたいことなんて特に考えても分からないけど、就職をしないと当たって、企業に合うやりたいことを練り上げた人も少なからずいると僕は感じている。僕もそうだったし、周りにいる超が付くほどの有名企業に勤務している友人たちもみんな少なからずそうだった。社会に出る目的が”社会人になること”になってしまっている人も多少なりともいることは事実だ。
しかし、ディズニーランドで働いている人はみな、やりたくてその仕事をしているように感じた。出演者はおそらくものすごく狭き門を超えて選ばれただろう。その関門を超えてきた熱量とプライドはとてつもなくかっこいい。

 

夢として目標にしている人も多い世界に、並外れた努力と運で、実際に夢の舞台に立っている人たちの熱量はキラキラしていて、見ているだけでこちらを熱くさせてくれる。そんな熱量を感じた。

そんな人たちがもうすぐ公演が終わってしまうことにより、さらに団結を強め、ひとつになってゲストを幸せにしてくれている。

ゲストも、今見れる幸運を噛みしめ、漏らすことなくそのパワーを受け止める。すべてを飲み込んで忘れないように刻むために。

そんな会場だった。この空気の中にいられたことがとてつもなく幸せだった。

 

 

帰り際、「今日はいい一日だったなぁ」と独り言のように呟いている声を聴いた。誰かに言っているわけではなく、心にたまった幸せがいっぱいいっぱいになり、言葉になって漏れ出ているようなつぶやきだった。

 

ショーの終わりについて、ネットで検索すると様々なことがささやかれている

クラブマウスビートのような人のパフォーマンスよりも、システムや衣装が重要視されているという声もあるし、推し活文化でファン向けの施策が増えているとの声もある

ディズニーランドの目指している方向はわからないけれど、今後も人が人を動かすような場所であってほしい。

夢を叶えた人たちの熱量を感じて夢を見れる、そんな”夢の国”であってほしい。

クラブマウスビートに関わってくれているすべての人に感謝。最後までその圧倒的な熱量と人の力を誇示して、走り抜いてほしい。