きみは「Let it be」と言った

ありのままに自分の好きなことを思いつくまま

スティル・ライフ ~自分の世界とその他の世界~

記念すべき、第一冊目。
 
選んだのは池澤夏樹さんの『スティル・ライフ
スティル・ライフ (中公文庫)

スティル・ライフ (中公文庫)

  • 作者:池澤 夏樹
  • 発売日: 1991/12/10
  • メディア: 文庫
 
ぼくが読書を好きになったきっかけの本で、なにかと読み返す原点のような本。
人生のベスト5冊を選びなさい、と言われれば、確実に含まれる大好きな本。
 
スティル・ライフ』は、ぼくの生まれた年である1991年に出版され、第98回の芥川賞を受賞した作品。
 
ぼくがこの本と出逢ったのは、たしか大学2年生の時。
書店に立ち寄った時に、ポップなどで紹介されフォーカスされていたわけではないのに、なぜか本書を手に取っていた。(芥川賞受賞作品というのも読了後に知った。)
 
最初の2ページを読んですぐにこの本を購入した。
じっくり読まなければいけない、そんな脅迫観念にも似た感情を抱いていたことは今もはっきりと覚えている。
 
物語はこんな文章で始まる
 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれにまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界のほうはあまりきみのことを考えていないかもしれない。
 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界線の上にいる。
 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界ときみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星を見るとかして。
初めて読んだその日から、この前書き部分を何度読み返したかわからない。
この部分を読み返すだけで、忙しい毎日で狭まっていく視野が広げられる感覚になる。
 
 
この物語は、「ぼく」がアルバイト先の染色工場で「佐々井」という男と出会うことによって展開される。
「佐々井」は星や気候や分子・原子など科学的な話を好み、世界と独特の距離感を保っている。
もともと、バーで会って話をするだけの関係だったが、「佐々井」にあるお願いをされ、奇妙な共同生活が始まる。そして、「ぼく」はどんどんと「佐々井」の世界観に熱中していく。
 
物語は起伏があるわけではなく、淡々としている。
起承転結がはっきりしているエンターテイメントではなく、どちらかというと詩に近いかもしれない。
だけど、100ページに満たない短い物語で、見事に現実から引きはがされる。
透明度の高い文体で、科学的な視点や言い回しと詩的な表現を絶妙のバランスで綴られているからでもあるが、
テーマが「自己と世界の関係」というとてつもなく茫漠なものであるからだと思う。
 
 
当然の話だけど、人は目の前にある対象を自分の目を通して、あるいは耳を通して感じることができる。
そうすると自分の中には、自分の見方によって形成された「広い世界」ができる。
自分と隣にいる人が同じ景色を見ていたとしても、そこには違った解釈が生まれる。人の数だけ自分の「広い世界」が存在することになる。
 
文中にこんな描写がある。
「ぼく」が音もなく降る雪を見てたシーン。
 雪片に満たされた宇宙を、ぼくの乗せたこの世界のほうが上に上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた。
このように人は事象を見て、自己の意識を介入させて感じることができる。
 
しかし、自分が感じた対象にも、「外の世界」が存在していることを本書は改めて気づかせてくれる。
自分が感じた対象は実生活の場合、景色かもしれないし、事象かもしれない。友人・恋人・家族かもしれない。
でも確かに、自分の中に形成された「広い世界」ではない「外の世界」がそこには存在している。
 
自分の中の「広い世界」は時にとてつもなく大きくなる。
それは自分の意識に依存しているんだから当然だけど、「外の世界」の存在を無視してしまうことが多い。
そういう時、この物語を読むことで、俯瞰して「外の世界」を観ようと努める姿勢が大切であることを思い出すことができる。
 
 
本書は、夜空に浮かぶ星のよう。
見た星の並びから、星を線でつないで星座にするのは、人ぞれぞれであるのと同じように、読み取り手の状況やタイミングによって感じ取るものが変わる作品であると思う。
 
ぜひ、自身の星座を見つけ出してほしいと思う。